松壽君

天正18年(1590)生、月日不詳、慶長8年(1603)3月1日没、法名「大通院殿雲澤宗龍大禅定門」、黒田如水の娘(長政の妹の子)「松壽君」が亡くなり葬儀を山内の順心菴の住職九皐宗畴和尚の導師によりなされた。その当時、聖福寺は建仁寺派、九皐和尚は妙心寺派に属していた禅僧であった。黒田家、聖福寺、建仁寺と妙心寺の間でいろんな問題を抱えていた時に、翌年慶長9年に如水が亡くなった。その結果として、福岡での墓所(菩提寺)を断ったと伝えられている。その後、長政公の命で妙心寺派となり、九皐和尚は第111代住職となって現在に至っている。

詳しくは、聖福寺院誌「28号」をご覧ください。

松壽君の墓所

松壽君の墓所